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永久に逢うことのない [America]

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3月の半ばだと云うのにニューヨークは酷く暑い日が続いていた。俺はジェイストリートのコーヒーショップで小休止した後、ブルックリン大橋を渡りマンハッタンのホステルへ戻ろうとしていた。マウンテンバイクをホステルで借りていた。徒歩では渡るのに1時間はかかると思われる大橋も、反り橋の昇り傾斜を超えれば汗も乾ききる間もなく、渡り終えることが出来た。ところが、午後三時過ぎの復路には往来の数も増しており、サイクリングルートに溢れた人を避けるのにブレーキをかけなければならないことが多かった。
橋に二箇所ある主塔部分にはニューヨークを背景に記念撮影をする多くの観光客で賑っていた。そこから南にはアッパー湾、すぐ北にはマンハッタンブリッジ、島の超高層ビル群、中でも一際目立つエンパイアステートビルが碧空の下遠くに見えていた。橋の終わりの向こうにはぼんやりと自由の女神が眺められるかもしれない。俺があの位置からそれらが見えたということは、恐らくあの黒髪の女の目にも俺と同じ風景が映じていたに違いない・・・。尤も女はサングラスを透してではあったが・・・。

女も俺も一人だった。女は何処から着たのだろう?風貌から考えるに、東洋系でないのは確かだとしても、ドイツやフランスの女と言い切れる自信はない。そうかといって東欧系や中東系とは違う。其れでは南米から着たのか・・・。いや、ホステルで同室だった南米の女はもう少しラテン的な面持ちを備えていた筈だ・・・。ならばアメリカの・・・。服の着こなしから想像するには、バックパックを背負って旅をしている女の雰囲気でないのは判る。バックパッカーお決まりと言ってもいいブルージーンズにTシャツ、スニーカーの軽装とは違う。シルクのシャツに真っ白なスカート、旅には似つかわしくない紅いエナメルの靴が一際俺の目をひいたのだった。手にはバッグ一つさえ携えていない・・・。本当にあの女は何処から着たのだろうか・・・。

女は暫くその場に佇んでいた。だが、俺が女の立つ反対側へ行っている間に、あの女は消えていた。三分間も経っていない筈だった。橋を降りながら注意深く往来する人間を目で追ったが紅いエナメルの靴は見当たらなかったということは、あの女は俺とは逆の方へ行ったということになる。橋の上の極めて短いすれ違いだった。
あの時、俺が見つめた女にも、当然これまでの女の人生というものがある筈だった。それを俺はもう知る由もないし、女の視界の片隅にぼんやりと映っていた筈に違いない俺の人生も、女は知らない。知らないどころかそれ以前の話だろう。偶然俺が橋の上で佇むお前を捉えただけだったのだから。
もう永久に会うことのない人、さようなら・・・。どこか別の場所ですれ違ったとしても、お前だと判ることはないだろう。だが、もし俺がまたニューヨークを訪れることがあったら、あの暑い日が続いていた3月半ばにブルックリンブリッジで佇んでいたお前のことを思い返しながら、誰も居なくなった同じ場所の風景を切り撮っては、一層お前の存在がどれだけ高いのものだったかと思う自分を感じられるだろう。
タグ:N.Y 写真
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